地球劇場




今日もまたひとり
偉大な観客が地球を去った

つまらない星だね、と

私たちはまたひとつ
希望を失ったのだ

偉大な観客が人類に見切りをつけて去ってゆく
その後姿を何度見送ってきただろう

そのたび私の胸は切り裂かれる

行かないで
行かないで

どうかもう少し
チャンスを下さい

人類に興味を失った偉大なものたちは
怒るでも失望するでもなく
振り返ることもなく
ただ静かに帰ってゆく

私たちの怠慢が
地球の希望を殺していく

釈迦が垂らした蜘蛛の糸を
こうして私たちは絶つのだろうか

新しい命がどう花開くか
彼らは楽しみに見ていたはずだ

私たちはそれに応えられているだろうか

彼らの顔から微笑が消え
やがて人類のことなどすっかり忘れ去られる

せっかく地球に来てもらったのに
人類と言う素晴らしい舞台を
披露できるはずだったのに

ひとり、またひとりと観客は減ってゆく

行かないで
行かないで

本当はこんなのではないの
こんなものではないの
人類はもっと素晴らしいものなの

もう少し待ってみて
きっとうまくできるから

そんな祈りも通じずに
明日もまた地球は
熱心な観客をひとり失うだろう

それ以上に私の胸を抉ることはない

人類が人類らしくある
その時代の到来まで
誰か客席に残っていてくれるだろうか



愛とお金




真の人間性に目覚めると、どうしてもお金と相性が悪くなる。
お金とはいったい何者なのか、このところ時々考えている。

「質を量に換算するのが貨幣システム」という説明を本で見つけた。
なるほど、貨幣の性質の説明としては納得できる。

それでは、人間的な生き方が貨幣と相性が悪いのはなぜか、取り留めなく考えてみたい。

最近、身近であった長く同棲していたカップルのエピソードを取り上げてみる。彼らの結婚が決まったのだが、その理由は、彼が彼女に家で家事に専念して欲しいから、だという。私はそのことと結婚がすぐにはつながらなかった。

今までも二人は一緒に暮し、個人対個人で融通を利かせながらも自由にやってきていたはずだ。それが、彼女が家事に専念する、ということになった途端、もれなく入籍がついてくる。

私が不思議に思うのは、家事と入籍がなぜセットなのかということだ。

家事に専念するということは、彼女は外で仕事をすることが出来ないので、自分で収入は得られない。その分彼が資金を出すのは当然の代償だと思うのだが、それは何も籍を入れなくてもできる話だ。

この私には不自然な跳躍に思われるギャップに、貨幣が橋をかけている。

愛があれば、別に籍など入れなくても、自分の為に時間を割いてそばにいてくれる人間のために、せめて資金くらい出せないだろうか。彼女が仕事を辞めて家事をするだけでは資金は出さない、というとらえ方もできる。これを社会的責任などと美化するのが一般の人々だが、義務は愛ではない。

本当の愛は、籍を必要とするのだろうか。

私は、籍とは所有だと思う。

所有は価値であり、量であり、貨幣である。
辛辣な言い方をすれば、現代の結婚制度はショッピングである。

二人が純粋な愛を持ち合って何とか一緒にいる工夫を凝らすのが筋なはずが、まず「一緒にいる」を最終ゴールに、結婚という所有・貨幣制度で鎖をかける。

何だろう、この鎖の首輪は。
逃げられる恐れでもあるのだろうか。
逃げられるとしたらそれはもう愛がないからでしかないのに、
愛がなくても所有物はそばにいろ、という意味だろうか。
失いたくないのは愛?それまでのコスト?

これを大げさと思う人は相当貨幣経済の洗脳が進んでいる。

人間は愛である。
愛は所有ではない。
ましてや量的価値や貨幣でもない。

貨幣は質をじっくり吟味する手間を省いてくれる。
100円は100円なのだ。
100円玉同士を見比べていてもそこに差はない。
これが量ということだ。

さて、人間は、ひいては愛は量だろうか。

これに即答できない人はもはや人間ではないだろう。

真の人間性とは愛に他ならないと私は断言する。
そうであるならば、愛とお金が相性が悪いのも当然だ。

愛に興味ある人間と、お金に興味ある人間は同じマーケットを共有できるはずがない。

個人が貯蓄をするようになったのは、非常に歴史に浅いことだと聞いたことがある。人類はまだ貨幣をどう扱ってよいかしらないのではないだろうか。貨幣は生きてこそ価値があるのに、使い方が分からないから所有や貯蓄という、次元の低い利用方法しかできないのではないだろうか。

本来、貨幣も愛を目指していたはずだ。文明がおろそかにしてきた大事な本来の人間性がもっと育っていたら、貨幣は質を守り育てるすぐれたツール足りえたであろうし、人間は愛も知らないこんなに惨めな生き物には成り下がらなかったはずだ。

これが現代社会の病理であり、高度文明社会が終息に向かって突き進んでいく理由である。

愛がなんだ、飯が食えなけりゃ愛もくそもない。

そう嘲る人も少なくないだろう。
私はそのような人々をこの上なく気の毒に思う。
彼らは人間を知らないし、愛を得ることもない。
それ以上私は彼らに興味がない。

こんな愛の死に絶えかかっている社会で、それでも私は愛を、人間であることを訴えることをやめることができない。同じように考え、自分の人生から逃げ出さずに戦う非常に人間らしい、果敢で強く美しい人々を私は知っている。自分自身による洗脳が解けた時、人は必ずこのように愛を知り、強く美しくなるのだ。

人間は本来、愛に満ちた質的な生き物である。それが人間の本性なのだ。しかし、今は量という病に侵されている。量という洗脳が解け、愛を手にして人生を悠々と生きていける社会にならないだろうか。愛を量と取り違えて、知らず知らず魂が萎れていく痛ましい姿を見るはしのぶに堪えない。

量で武装せず、本当の自分を発見する勇気を人々が持ちえる時、愛を知る人間の輝きを人類が取り戻す時、お金の為に愛を売り払わず、お金が愛を育むシステムを人間が作り出す時、その時が来ることを私は強く祈らずにはいられない。




未来





未来を計画するのには
人間が非常に下等な知性だという前提がある

下等な生き物は自らを戒め
今を犠牲にしてでも未来に備えるべきだ
というその考えは果たして正しいだろうか

所詮その程度の知性では
この先何を計画しようとも
未来を築くことは多分無理だろう

知性を過信し
知性以外の可能性を見いだせないのだとしたら
そんな人類に未来はない

そうではなく
私たちの知性自体が欠陥の多いものであり
それに頼る生き方こそが危険で愚かなのだと
人は今こそ気づかなければならない

のど元過ぎればというような浅薄な知性ではなく
本来生まれ備わっている五感を磨き上げ
今という瞬間を間違うことなく感じ取って生きていけば
それこそが豊かな明日の土台となっているような
そういった確かな感性の人間を増やしていくことこそが
本当に求められるべきことではなかろうか

知性や教育だといっても
それが一体どこに向かうべきものなのかが
分からないまま右往左往したところで
被害は広がるばかりである

私たちの知性は相当荒廃している

今こそ人は勇気を持って
真の叡智へと向かう決断をする時である

それくらい殊勝になるべき時である

当たり前のことが全く見えず
自らの頭の先に言いくるめられ
全く無様に今を生き損じ続ける醜態に気づくべき時である

それ以外に人類に案ずるほどの未来はありえない




基本取引契約書




私が結婚をするとしたら
それは愛のためだけでありたい

仕事を辞めたいからとか
子供が欲しいからとか
そういった理由で結婚したいと考える人はまだ多い

なのに、それを愛だと呼べそうな材料を
無理やり探して愛だと嘯く

結婚は収入源の変更に他ならない
結婚は収益なのだ

「この人とともにいなければならない。
この人とともにいる自分が最も愛すべき自分だからだ」

そういう理由でのみ人といることを選ぶ勇気を、
または知性を人はまず持たない

大概の場合、愛とは経済活動とすり替わっている

だから近頃私は慶事への参列ができない

企業同士の事業契約調印式にわざわざ出向いて
どうして愉快な気持ちや嬉しい気持ちになどなれようか
むしろ私は無残な気持ちにさせられる

現代のこんな結婚事情なら
ネットショッピングするたびパーティーでも催しそうだ

基本取引契約

これを愛と呼ぶのはやめてくれ

たかだかビジネスに
「死が二人を分かつまで」
などと大げさすぎまいか

そもそも死で分かたれるほどのものを愛と呼ぶな

ビジネスはビジネス
愛は愛

次元も脈絡も全く違う

こんな倒錯を正さないから
私たちの世界はこんなにも無残な愛の廃墟と化してしまった

愛とはもっと気高く強く尊厳のあるものなのだ

そのことに対する無知や怠慢と
私は生涯戦い続ける

私の愛する
私のいのちの為に
真の愛に見合うすべてのいのちの為に



旅立つ人と




旅立たない人よ、さようなら

私は旅立つ人と共に歩む

忘れたころに水面に上がってきて
ほんの一口だけ空気を吸って満足し
また水底の泥の中に戻ってまどろむ

旅立つのかと思いきや
そういったひっかけに何度あったか知れない

いつまでも旅立たない人の相手はしていられない
いつまでも旅立たない理由など聞いていたくはない

私は旅立つ人々と共にありたいのだ

親切心からでも憐みからでも
旅立たない人のところに留まるどんな理由をもってしても
足を止めたら人生はおしまいだ

私の周りはあっという間に旅立たない人だらけになるだろう
そうなればもう私は旅立つ人たちと巡り合えなくなるだろう

それでは困る、私はまだ先に進むのだ

旅立つ人間は旅立たない人といてはならない
旅立たない人は旅立つ人を非情だと恨み
旅立つ人は旅立たない卑怯者に憤慨するものだから

旅立つ人よ
後に残すものにとらわれず進みゆこう

私たちを誘う先に待つ確かなものが
私たちを満たしてさらに進ませるものが
私たちの旅立ちを待っている



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